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品のない犬は嫌い

そこは白い部屋だった。

清潔なシーツが敷かれたベッドがあって、床にはふかふかのカーペット。緑色に色付く木々が見える窓の隣には、こじんまりとした勉強机と肘掛の付いた椅子がセットで置いてある。そして、部屋の壁一面には自分の背丈程もありそうな大きな本棚が敷き詰められて、そこには分厚い背表紙がずらりと並んでいた。

風に乗って届くどこかの草いきれと、おひさまの匂いの充満する、おおよそ、人間が住むにふさわしい部屋。

窓もなく、四面をコンクリートで囲まれた無機質な檻ではない。今まで生きてきたのとは、違いすぎる、場所だった。

しかしどうやら、ここが俺の新しい家、なのだそうだ。

俺がここで会った唯一の人間が、そう言った。

ここに居るのも、ここを出て行くのも、君の自由だ、と。好きなようにしていいのだと。

たぶん、俺の新しい飼い主なのであろう人が、そう言った。

そんなことを言われたのは、もう思い出せないくらいずいぶんと久しぶりだったので、俺は途方にくれてしまった。

口を開けても何も言い出せない俺を悲しそうに見つめて、そいつは悲しそうな顔のまま、笑っていた。

 

 

 

 

 

 

ドアの向こうに人の気配を感じて、窓の外へと向けていた顔を身体ごと振り返る。それと同時に落ち着いた声が名前を呼んだ。

 

「シン。入るぞ?」

「・・・・・・」

「寝てるのか?」

「・・・・・・」

「シン・・・・・・?」

 

なんとなく返事が出来ずに居たら、ドア一枚はさんだ奥から躊躇うような動揺が伝わった。ずっと薄暗い闇の中にいたもんだから、自慢じゃないが聴覚とか嗅覚とか、そういった感覚はずいぶんとするどくなっているのだ。人の気配くらい簡単に読める。

躊躇いの元は、しばらく悩んだ末に、ようやくノブに手を掛けたようだった。

 

「っておまえ、起きてるなら返事くらいしろよ。手が痺れるだろ」

 

そう言って、窓の横に警戒し立ち竦んでいる俺の目の前までやってくると、手に持っていたトレーをずいと押し付ける。

いい匂いのするそれを思わず反射で受け取ってしまってから、何かがおかしい、と違和感がよぎった。よくよく考えたら、そいつは先程俺に許可を求めていなかったか!?

なんて変なやつだろう。ここに来てからもう何度目になるかわからない感想を、また持つ。

 

「おかしいなやつだな。呆けてないで、早く座って食べろよ」

「お、おかしいのはアンタの方だろ!」

 

思っていたことをそのまんま相手に言われて、動揺も露に思わずそう叫んだ。声がちょっとだけ震えてしまう。

 

「俺に親しげに話しかけるなよ。もっとそれらしく、突き放して、命令して、強制でもなんでもすればいいだろ!飼い主の癖に」

 

そうだ。はっきり言ってやった。人間の癖に、俺を買い取ったやつの癖に、そんな風に同等に扱うのがおかしいのだ。ご主人様ならそれらしく、振舞ってもらわないと困るのだ。

燻っていた事を言い切ってちょっとした満足感に浸っていた俺は、その後すぐに重大な過失に気付いて青ざめた。

飼い主に向かって、なんてことを言ってしまったんだろう。心で思うだけならいざ知らず、それを口にしてしまうとは。

直ぐにやってくるであろう衝撃に備えて、俺は目をつぶり、歯を食いしばった。

『品のない犬は嫌い』そう言われ何度ぶたれたか。忘れたくても身体に刻まれた記憶は簡単には消えてくれない。

忘れられない過去の恐怖に背中を丸めて縮こまっていた俺の上に、無遠慮な笑い声が降りかかった。

 

「おまえ、そうやってると本当に犬みたいだな」

なんと言われようが我慢しないと。

「震えて罰を待つ姿に見える」

殴られるよりはずっとましだから。

「本当に、俺に命令して欲しいのか?」

「そんなわけねえっ」

 

あ。

 

挑発するような言い方に、俺は、とうとう本心をぶちまけてしまった。もう、取り繕いようのないほど、はっきりと、服従の意思ゼロ。と宣言してしまったのだ。

完璧に間違いなく、俺は酷く扱われた後捨てられるか、返品されるかのどちらかだ。そんなのは別にどうでもいいことなんだけど。どっちにしたって今までに戻るだけなのだけれど。

でも。この、明るくて日なたの匂いのする部屋や、目の前に居る見たこともないようなキレイな緑色は、すごく気に入ったから、それと別れないといけないのは、嫌だ。嫌なのだ、とそう強く思った。

 

目の前が真っ暗になった俺は、くすくすと、堪えきれずに漏れ出た笑い声を、呆然と聞いた。それは、相手に悪いと思っていながらもどうしても止められない、といったように、隠そうとしながら隠し切れない大笑だった。その証拠に、その元である人は、口を覆いながら腹を抱えて、しかも目じりにはうっすらと涙さえ滲ませている。

 

「なんだよ。なんなんだよ・・・」

「っすまない。別に気を悪くさせるつもりじゃなかったんだ」

「殴るわけでも、蹴るのでもなく、こんな嫌がらせ受けたのは初めてだ。やっぱりアンタどっか変」

「嫌がらせなんかじゃないって」

「笑いながら謝られても全然気が治まらない。もういいからさっさと捨てるなりしろよ。アンタもこんな犬、うんざりなんだろ」

 

おちょくられて怒って宥められて、何がなにやらすっかり開き直るしかない状態の俺は、もうどうにでもなれ、といった気分だった。

 

「アンタは俺のこと殴らないし、ここはキレイだし。いい人だ。ちょっと、嬉しかった」

 

この言葉を置き土産にしよう。捨てられてもう二度と会えなくても、こんな人も居るんだって、それを知れたから、それで十分俺は嬉しい。だから、これは感謝の気持ちだ。

 

「シン・・・よかった。お前、ちゃんと喋れたんだな」

「は?・・・え・・・?」

 

この人は、一体なんの心配をしているのだろう。そんな当たり前のことに安堵されるなんて。というか、人の話を聞いていたのか?俺の感謝の気持ちは風と一緒にいったいどこへ流された!?

 

「やっぱり、俺のこと馬鹿にしてるんだろ」

「いや、だって。ずっと一言も話してなかったから」

 

言われてみれば。

確かに、こんなにたくさん誰かと喋ったのはずいぶん久しぶりだった。今までは、そんな必要なかったから。必要ないことはしなかったから。

 

「アンタ、まさかわざと・・・?」

「ん?・・・さ、シン、いつまでも突っ立ってないで、早くご飯にしよう。すっかり冷めちゃってるぞ」

 

俺の疑問には答えずに、その人は俺の手の中にあった忘れ去られていたトレーを机に置く。この部屋に椅子はひとつしかない。俺を椅子に座らせると、自分は脇に抱えていたパイプ椅子を手早く組み立てて、そこに腰掛けた。

 

「なあ・・・」

「ああ、そうだ。俺のことはアスランと呼ぶこと。とりあえずこれが最初の命令かな」

「アスラン・・・さま?」

「なんで様なんだよ」

 

ご主人さまを呼ぶのだからそれくらい必要かと思ったんだけど、どうやら違うらしい。この人相手に自分の常識が通用しないのは短いやりとりでもよっくわかったから気にならないけど。やっぱり変な人だ。

 

「じゃあアスランさん」

「・・・別にいいけどな」

「コレ、一人分しかないけど・・・?」

 

コレ、と目の前のトレーを指す。そこにはライスとスープ、それにおかずが数種にサラダがどれも一皿ずつ置いてある。それを見て、はっとした。

飼い主が犬と同じものを、同じ場で食べるはずない。

この人のおかしな言動につられて、俺までおかしな考え方が移ってしまったのに違いない。そんな当たり前のことを聞いてしまうなんて、恥以外の何物でもない。とんだカン違いだ。この人がまるで、普通に接してくるから・・・!

そんな俺の動揺にも気付かないで、そいつはあっけらかんとのたまった。

 

「お前、もしかしたら一人じゃ食べられないかと思って。そしたら介護がいるだろ?」

「かいご・・・?」

「喋れなかったりしたら、ご飯だって一人で食べられない可能性も出てくる」

「そんなわけねえっ」

 

俺のことをいったいなんだと思ってるんだろう・・・そこをつっこんで聞いておく必要があるようだが、もう全てめんどくさかったので、俺はさっさと目の前の皿に集中することにした。もらえるものはもらえるうちにもらっておく。それが俺のポリシーだ。

 

「でもよかったな。これなら次からは一緒に食べられる」

「ふぇ・・・?」

 

聞き返した言葉は、口にモノが入っていた所為で自分でもなんと言ったのかわからない程だった。口をモゴモゴさせる俺を見て、アスランは目ざとくそれを窘める。

 

「ああ、シン。食べながら話すなよ。俺は品のない犬は嫌いだ」

 

冗談とわかる口調で、口元にもからかいの笑みが浮かんでいた。でも冗談だからこそ、カチンときた。

 

「うるへー」

 

当て付けに、口にどんどんとものを詰め込んで、くちゃくちゃと音をさせながら、お世辞にも行儀良く、とは言いがたい食べ方をしてやった。もちろん食べかすなんかがぽろぽろと落ちる。

そんな俺に文句を言いながらも、アスランはどこか嬉しそうに、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。

 

 

 

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