もしも

なんだか急に声が聞きたくなって、聞きたいって思ったらいてもたってもいられなくて、知らず携帯を握りしめた。無料通話分は……まだ残ってる。
用もないのに電話をかけるなんて、記憶にある中では生まれて初めてだった。電話はあまり得意じゃない。
７回のコール後に出たのは甲高い合成音で、がっかりしたのと同時にほっとする。お名前と御用件を――と告げてくるのをみなまで聞かずにボタンを押した。
通話時間２秒と表示する画面を見ながら急に恥ずかしさが込み上げる。
何やってんだか
特に話すべきこともないくせにさぁ
開いたままの携帯にメール画面を呼び出して、そうだ。いつものようにメールを出そう。
メールならこっちの感情が相手に漏れることもないし、相手の行動を妨げることもない。
気楽なもんだ
ぽちぽちと、それなりに慣れた手つきで文字を打ち込む。手元を見なくても、思った通りの文字が出る。
だから画面が変わるまで気付かなかった。着信が来ていて、更にそうと認識する前に電話に出てしまっていたことを。
慌てて口走った挨拶は、上擦っていなかったろうか。
ごめんなさい、特に用事はないんです。何を話すかなんて、考えてもいませんでした。
とにかく話を繋ごうと、なんでもいいからぺちゃりくちゃりと喚き散らした。あれ、今自分何を言った？
まあいい。沈黙を回避出来るならなんでもいいさ。
向こうからかけてもらったことを気に病みながら、なかなか切るタイミングを掴めない。
機嫌が悪いと思っていた相手は実はどうやらそうでもなくて、なのにいつの間にやら機嫌を損ねてしまったようだ。
またぞろたわいもない話題を持ち出して、でもそんなのも悪くないと思った。いや、嘘だ。
話してる間はそんなこと考えている余裕はきっとなかったはずだ。

電話を切って驚いた。
用もないのに１時間……

何回か聞かれましたが本当に。話たいことがあったわけではないのです。別に何事もなかったのです。

付き合ってくれてありがとう
今夜もぐっすり眠れます